まぼろしの「祭四題」
秋田の木版画家・勝平得之(かつひらとくし)の作品は、人を和ませる魅力に溢れています。
暑かったり空梅雨かと思ったら豪雨だったりで変わりやすい天候ですが、季節は確実に夏へ向かっています。
間もなく、秋田の夏を彩る祭りのシーズンがやってきます。
時を同じくして、秋田市立赤れんが郷土館の中にある勝平得之記念館では、「秋田のまつり」というテーマで展覧会が開催されています。
※以下掲載の図版はクリックすると大きく見られます
その中で注目したいのが、勝平自身が名付けた「祭四題」というシリーズものです。
これは、「たいまつ祭」、「かまくら」、「七夕祭」の作品からなるもので、いずれも横130cm台の大作です。
しかしながら、これでは三題にしかなりません。
四題目の作品は何か、長い間それは謎でした。
勝平は昭和30年、51歳の頃に「祭四題」の制作に着手します。
ところが三作目の「七夕祭」を完成させた頃から体調が思わしくなくなります。
どうも胃を患っていたようです。
それでいて、彼の制作意欲は衰えを知りませんでした。
何かに取り憑かれたように、小品を主に矢継ぎ早に発表します。
あたかも自分の死期を悟った人間が、エネルギーのありったけを注いで、“その時”までにすべてを成し遂げようとしているかのようだったといいます。
多くの勝平の作品群の中から「ササラ舞」を題材にした下図が発見されたのは、さほど過去の話ではありません。
この下図を目にした時、当時の赤れんが郷土館の学芸員は、「これだっ!」と思わず叫んだそうです。
この下図は、祭四題の他の作品と同じようなサイズであり、作風も似ていました。
いや、それ以上に来る日も来る日も、勝平の作品とにらめっこをし研究し続けた学芸員には、感ずるものがあったのでしょう。
実は勝平はそれとは別に昭和32年「ササラ舞」という作品を世に出しています。
この作品は大きさが36.0×99.5cmで、前述の下図とは大きさが大きく異なり、「駒舞」という作品と同じような配色図柄の作品でした。
祭四題の四作目でないことは誰の目にも明らかです。
しかして、この大作「ササラ舞」の下図の方は、祭四題の四作目として勝平が心血注いだ作品に違いなかったのです。
しかし、神は下図を描き構想を練る時間しか勝平に与えてくれませんでした。
この下図をもとに版にされることもなく、やがて入退院を繰り返した勝平は、昭和46年(1971)に67歳の若さでこの世を去りました。
このように、祭四題は四作目を持たない幻のシリーズとなったわけで、勝平の無念さが伝わってくる思いです。
それにしても、祭四題は大仙市の「たいまつ祭」、横手市の「かまくら」、能代市の「七夕祭」、角館の「ササラ舞」と、いずれも秋田市以外の祭りを扱ったもので、少々意外な気もします。
なにも秋田市である必要はないのですが、秋田市に生まれた勝平が重要無形民俗文化財の「竿燈」を入れなかったことは興味深いことです。
何か、彼の脳裏に去来する思い入れがあったのでしょうか。

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