3.11
3月11日を忘れ去ることができるだろうか。
誰が、あのような大震災を予想しただろうか。
揺れが1番大きかったのは、宮城県栗原市の震度7。
マグニチュード9という大地震である。
比較的自然災害の少ない我が秋田市でも、震度5強。
でも、それ以上に悲惨な爪痕を残したのは、その後の大津波。
YouTubeには、膨大な数の震災の様子を撮影した映像が掲載されていて、あまりの破壊力の凄まじさと悲惨さに声が出ない。
あって当然だった町が故郷が消えていく。
多くの思い出をも巻き込んで、津波という魔の闇に引きずり込んでいく。
幾重にも織り込まれた想い出いっぱいの我が家が、津波にもてあそばれ流されていく。
多くの逃げ遅れた人々、そして家畜やペットも流されていったに違いない。
こんな信じがたい有様を目にした時、人間は平常心でいられるだろうか。
つい今し方まで、当然のようにして側にいた、我が子、親、友人・・・。
一瞬にして断ち切られた繋がりを俄に信じられるものではないだろう。
死者はおよそ1万5千人。
三ヶ月経った今でも、行方不明者はおよそ8千人にも上る。
これでも、行方不明者を死亡したと認めた家族がが急増したため相対的に減った数である。
被災者には、心を病む方が増えているという。
お年寄りの被災者は、震災後認知症が悪化している人が増えているという。
この世の地獄を見てきた人々なのである、当然であろう。
また、避難所というプライバシーが無きに等しい劣悪な環境で、カウンセラーにもなかなか診てもらえなかっただろうから尚更である。
こういった精神的ストレスに苦しむ人々に、十分に手を差し伸べていかなければいけないのは、国の責任である。
だがしかし、カウンセラーやボランティア、関わる全ての人々、全ての日本人も積極的に関わるべきことだとも思う。
意外なことではあるが、悲観的な話ばかりではない。
この震災で、震災の東北三県の人々は勿論、日本人全体の人生観も大きく変わったと言われている。
人の心の温かさを感じ、それに報いようという意識が芽生えてきた。
人と人との絆の大切さを、自分をも巻き込んで思えるようなった。
隣の住人をあまり気に留めなかった人々が、お互い声を掛け合うようになった。
一人で生きているのではないということを再認識し、同じ町の人間として、同じ日本人として団結してこの災難に立ち向かおうという意識が生まれた。
一頃であれば、自分という殻に閉じこもり、人と人の間には吹きさらしの空虚な風しか流れていなかったのに、その風に温もりが感じられるようになってきた。
いざとなれば、人間は変われるんだ。
それを発見できただけでもホットする。
決して、このまま被災した東北三県も含め日本は震災に埋没することはない。
昨今の低迷する経済も含め、ここいらでどでかい逆転ホームランをかっ飛ばすだろう。
希望的な思いではない。
長い歴史の中で、日本は日本人はいかなる災難国難にも見事立ち直ってきたではないか。
きっと陽はまた昇る。
































主人公のチャーリーは、チャラチャラした人生を歩んできたプレイボーイ。
ません。
はじめは、お荷物な病気持ちの田舎娘と邪魔者扱いしていたチャーリーでしたが、逆境にもめげず純粋でけなげな彼女に次第に心を開き、愛おしいとさえ思うようになっていきます。

























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